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顧客満足、小さなことから・・・花屋にて
先日結婚8周年を迎えました。その日は仕事で残業せざるを得ない状況にあったので、嫁に花でも買って帰ろうと思っていました。
夜、遅がけの帰宅になったので、開いているであろう祇園にある花屋さんへ帰り道によっていきました。
8周年ということもあって、8種類の花を1本ずつ買って帰ろうと思ったわけですが、店員さんに
「8種類の花を1本ずつください」というと意味がわからなかったのか、反応がなかったので
「同じ種類でも色違いならそれでもいいです」と付け加えた。
そうすると・・・・
バラ4本、ガーベラ4本の色違いを指して「これでいかがですか」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・絶句しました。
ほかにもいろんな種類の花あるのになんで色違いで2種類だけ?って
僕の伝え方が悪かったこともあったのだと思います。
なので・・・・自分で指差して選びました。

後味の悪い購入でした。
以前、知り合いが「餃子の出ない○将なんて○将ではない」なんて笑い話をしていたことがあったのですが(でも・・・・本当にあったと知り合いのお友達が言っていたそうですが・・・)
似たような経験をしたことがあります。
水餃子をウリにしているお店があったので、ランチで食べに行きました。
もちろん水餃子の付いているランチを注文したのですが、出てきたのは・・・・
水餃子ではなく焼き餃子。
店員がランチを出すと同時に「水餃子が切れましたので焼き餃子になりました」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・このときも絶句しました。
注文したときや水餃子がなくなったときになぜ客に説明しないのでしょう?
このお店の中には水餃子をすすめる張り紙、チラシがいっぱい貼ってあります。
そんなお店で水餃子を出せないだけでなく・・・・なくなったことすら言わず、
一方的に違うものを代用して出すなんて・・・・・売り手の傲慢としか言いようがないです。
もちろん・・・二度と行こうなんて思いませんけどね。
水餃子のお話は花屋とは少し次元が違いますが、水餃子のお店は明らかに欠陥です。
本来当然行うべきサービスもしくは商品に欠陥があったわけですから・・・
お店の信用の問題に関わることです。
一方花屋は花を提供すること自体には欠陥があったわけではないです。
しかし、花を提供するのは当たり前で、それでは客は当然だと思うだけで満足とまでは行かないわけです。(満足しても感動はしません)
顧客満足とは・・・当たり前のこと(本来のサービスの提供や商品の販売)を満たすのではなく、そこに付きまとう価値を高めることにあるものだと思います。(値段を下げたり、おまけだけではないと思います)
花屋のケースで考えると8種類の花を1本ずつって言った時に背景や思いを聞いてもいいのではないかと思うわけです。そしてその事情に合致するような演出や工夫があれば客はちょっとした喜びを感じたり意気に感じるものだと思うのです。
しかし、単純に「はい、これ」で出してくるものに少しの感動があるでしょうか?
普通に普通のことが出来た当たり前でも、それだけなら・・・ほかのお店を選んでも言いわけなのです(このお店を選んだ理由が単にほかの店より閉店時間が遅いだけになってしまうということなのです)
本来の商品やサービスに他社との差別化があるような独自性があればそれはそれなりですが、ほかとそれほど代わらないものを提供しているなら・・・・・リピーターの確保を考慮するためにも、客の気持ちを理解して、工夫や演出を提供してあげれば、きっと次の機会にも利用するはずなのです。
1度来た客に「以前、ご利用していただきましたよね」って一言かけるだけでも、客と店員の距離感が縮まります。それだけでも客の心の中は少し明るくなっているはずなのです。
顧客満足とはインパクトのあるものばかりではなく、小さなことからいくらでもあるということなのです。
それに気が付くかどうか、そこに差が出てくるのだと思います。
アルバイトだからなんて言い訳は通用しません。
客はもともと店員を目指して買いに行くのではなく、その看板を目指して買いに行くのです。
つまり、対応した人間がアルバイトであろうが、社員であろうが関係ないのです。いちいちそんなことチェックしてませんから・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・その花屋には二度と行きません。
顧客満足は小さなこと、身の回りにいっぱいあります。それに気づくかどうか・・・・
え?目が悪いって?意味が違います?!
夜、遅がけの帰宅になったので、開いているであろう祇園にある花屋さんへ帰り道によっていきました。
8周年ということもあって、8種類の花を1本ずつ買って帰ろうと思ったわけですが、店員さんに
「8種類の花を1本ずつください」というと意味がわからなかったのか、反応がなかったので
「同じ種類でも色違いならそれでもいいです」と付け加えた。
そうすると・・・・
バラ4本、ガーベラ4本の色違いを指して「これでいかがですか」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・絶句しました。
ほかにもいろんな種類の花あるのになんで色違いで2種類だけ?って
僕の伝え方が悪かったこともあったのだと思います。
なので・・・・自分で指差して選びました。

後味の悪い購入でした。
以前、知り合いが「餃子の出ない○将なんて○将ではない」なんて笑い話をしていたことがあったのですが(でも・・・・本当にあったと知り合いのお友達が言っていたそうですが・・・)
似たような経験をしたことがあります。
水餃子をウリにしているお店があったので、ランチで食べに行きました。
もちろん水餃子の付いているランチを注文したのですが、出てきたのは・・・・
水餃子ではなく焼き餃子。
店員がランチを出すと同時に「水餃子が切れましたので焼き餃子になりました」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・このときも絶句しました。
注文したときや水餃子がなくなったときになぜ客に説明しないのでしょう?
このお店の中には水餃子をすすめる張り紙、チラシがいっぱい貼ってあります。
そんなお店で水餃子を出せないだけでなく・・・・なくなったことすら言わず、
一方的に違うものを代用して出すなんて・・・・・売り手の傲慢としか言いようがないです。
もちろん・・・二度と行こうなんて思いませんけどね。
水餃子のお話は花屋とは少し次元が違いますが、水餃子のお店は明らかに欠陥です。
本来当然行うべきサービスもしくは商品に欠陥があったわけですから・・・
お店の信用の問題に関わることです。
一方花屋は花を提供すること自体には欠陥があったわけではないです。
しかし、花を提供するのは当たり前で、それでは客は当然だと思うだけで満足とまでは行かないわけです。(満足しても感動はしません)
顧客満足とは・・・当たり前のこと(本来のサービスの提供や商品の販売)を満たすのではなく、そこに付きまとう価値を高めることにあるものだと思います。(値段を下げたり、おまけだけではないと思います)
花屋のケースで考えると8種類の花を1本ずつって言った時に背景や思いを聞いてもいいのではないかと思うわけです。そしてその事情に合致するような演出や工夫があれば客はちょっとした喜びを感じたり意気に感じるものだと思うのです。
しかし、単純に「はい、これ」で出してくるものに少しの感動があるでしょうか?
普通に普通のことが出来た当たり前でも、それだけなら・・・ほかのお店を選んでも言いわけなのです(このお店を選んだ理由が単にほかの店より閉店時間が遅いだけになってしまうということなのです)
本来の商品やサービスに他社との差別化があるような独自性があればそれはそれなりですが、ほかとそれほど代わらないものを提供しているなら・・・・・リピーターの確保を考慮するためにも、客の気持ちを理解して、工夫や演出を提供してあげれば、きっと次の機会にも利用するはずなのです。
1度来た客に「以前、ご利用していただきましたよね」って一言かけるだけでも、客と店員の距離感が縮まります。それだけでも客の心の中は少し明るくなっているはずなのです。
顧客満足とはインパクトのあるものばかりではなく、小さなことからいくらでもあるということなのです。
それに気が付くかどうか、そこに差が出てくるのだと思います。
アルバイトだからなんて言い訳は通用しません。
客はもともと店員を目指して買いに行くのではなく、その看板を目指して買いに行くのです。
つまり、対応した人間がアルバイトであろうが、社員であろうが関係ないのです。いちいちそんなことチェックしてませんから・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・その花屋には二度と行きません。
顧客満足は小さなこと、身の回りにいっぱいあります。それに気づくかどうか・・・・
え?目が悪いって?意味が違います?!